時刻は現在夕暮れ時。
カラスが鳴き、商店街の店も店じまいを始めている。
「そろそろ日も暮れますし、城に帰りましょうか。イツナ様」
もうそんな時間なのか、とイツナは驚いた。
イツナは知らなかったが、楽しい時間というのは、あっという間だった。
「…ネル、お前は従者失格じゃな。主人の言うことを全く聞かず、あろうことか主人を放置してどこかに行ってしまう。」
ネルはドキリとした。
少女のねこを探しに行った時の話だ。
その時は「謝らなくていい」と言っていたため油断していたが、やはり気にしていたのか、とネルは焦った。
イツナがその気になれば自分の処分など、どうとでもできる。
減給だとか、最悪クビだとか。
ネルは慌てて言い訳をした。
「あ、あの子が泣いてるのを見つけて、放っておけなかった、っていうか…。それにほら、ああやって人助けして感謝されるのって、悪い気はしないというか…」
その時、少し強めの風が吹いた。
ネルとイツナの長い髪が揺れた。
「あっ!」
幼い子どもの声が聞こえた。
後ろを振り返ると、小さな男の子が手に持っていた風船が風に飛ばされるところだった。
もう一方の手を繋いでいた、少年の母親らしき人物が慌てて風船に手を伸ばすが、それも間に合いそうになかった。
ネルは風船をめがけて走り出そうとした。が、それより先にイツナがふわり、と浮かび上がった。
イツナの得意な「超空歩」だ。
イツナは風船を掴み、ふわり、と着地した。
その様子を見ていたまわりの人々から拍手が巻き起こった。
少年とその母親がイツナに駆け寄り、お礼を言いながらペコペコと頭を下げた。
「おねえちゃん、ありがとー!」
イツナから風船を受け取った少年は、笑顔でそう言った。
「女王」ではなく、「イツナ」に。
「……たしかに、悪い気はせぬな」
少年を見送りながら、イツナはそうポツリとつぶやいた。
それを聞いたネルは、満足そうにニコリと笑った。
2人は今、セグア城に帰って来ていた。
が、そこには仁王立ちで構えるサキラの姿があった。
「貴様、イツナ様になにをした…!」
今にも襲い掛かりそうな勢いで、サキラがネルを睨みつけている。
それも当然。イツナが帰ってきたと報告を受けてほっとしたのもつかの間、彼女はいつもの王族の衣装ではなく、平民の服をまとっていたからだ。
「だから貴様に任せるのは不安だと言ったんだぁ!!!!」
ネルに毒されたと考えたサキラは、ネルに向かって右手を突き出した。
「げっ、マジぃ?」
ここまで怒るとは思わず、ネルは慌てて身構えた。
城の中で暴れてもらっては困る、とネルが対処法を考えていると、
「やめるのじゃ!サキラ!」
イツナの大きな声が響き渡った。すると、サキラはピタリ、と動きを止めた。
「しかし、イツナ様…!」
納得いかないとばかりにサキラが抗議しようとするが、イツナは気にせずネルに向かってこう告げた。
「ネル、ご苦労じゃったな。……また散歩に付き合ってくれるか?」
「…はい!もちろんです!」
ネルはにこりと笑って、「では、失礼しまーす」と言ってその場から去って行った。
「……イツナ様、街でなにかあったのですか?」
いつもならイツナがネルの適当な態度を咎める場面だが、今日のイツナはそれをしない。
不審に思ったサキラはイツナにそう尋ねた。
「……別になにもない。わらわは疲れた。今日はもう寝る。」
そう告げ、イツナは寝室へと向かった。
そんなイツナを見つめ、やはりネルに毒されてしまったのか、とサキラはハラハラしていた。
イツナはベッドに潜り、目を閉じた。
なぜだか分からないが、今日はなんだかいい夢がみられる気がした。
ネルはまるでネコのようだ。
いつも気の赴くままに、やりたいように生きている。
そんなネルを街の者たちも気に入っている様子だった。
最初に今イツナが着ている服を貸し出してくれた店の店員も、猫がいなくなって泣いていた少女も、ハンバーガー屋の男性も…
イツナが望んでいた自由は、もしかして、ネルのような…
……なんて、くやしいから絶対に言わないけれど。
【Prew】 【Next】
ねこは気ままでいいよなあ、って私が普段から思っていることを、この2人に落とし込んでみた話。(?)
書きたかったもの一覧。
・ツンデレイツナ様
・イツナに助け舟を出すネル
・ツインテールイツナ様
・超共感を使って探し人(猫)をするネル
・初めてハンバーガーを食べて感動するイツナ様。
・ネルのねこキャラアピール。
などなど。
今回の小説は、以前考えていた話の組み合わせによってできているので、
似たようなシチュエーションがまた登場することがあったら、
「どうしても別個で書きたかったんだな」と思ってやってください。
ハンバーガーのくだりは、クリムゾン先生のTwitterからネタ拝借しておりますm(__)m
<2017/10/07>
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